■一件落着……? ■

  「婆や!婆や!こっちです!」
「お、おじょうさまああああああああああああああああああああああ!」
 流架の声に反応した老女が、飛ぶ鳥落とす勢いでこちらへと疾走してくる。着物姿とは思えないほど人込みを巧みにすり抜けるその速さと技術に、敦也は恐怖すら覚えた。
 さっきまで大人しい流架の歩き方を見ていたせいで早く見えているのだ、と敦也は必死に自分に言い聞かせる。
 老女は器用に流架の目の前で速度を零に落として、そして今度は彼女の手を取っておいおいと泣き始めた。
「婆やは!婆やは心配でしたぞ!お嬢様のようなお方は何ぞや事件に巻き込まれやすう御座います!もしものことがあったらと思うとばあやは!ばあやは!」
「婆や落ち着いてください、大丈夫ですよ。敦也様と遥様が導いてくださいましたわ」
 導くとはまた大層な表現だと思ったが、生憎敦也は今の彼女たちの会話に横入りする勇気は無かった。
 と、婆やと呼ばれた老女が敦也の方へと向き直った。一瞬身構えてしまったのは言うまでも無い。
 口の中から蛇を出してきても不思議ではない。そう思いながら半歩後ろに下がった敦也に向かって姿勢を正し、そして深々と頭を下げる老女。
「敦也様、遥様。このたびはお嬢様を御導き下さり、誠にありがとう御座いました」
「あ、いや。まぁ困ってる人は助けないと……な遥?」
「モゴモゴ……そうだよ……ゴックン……もちろんさっ……ゴクゴク」
 右手にチキン左手にジュースを持った遥を、敦也は無言で張り倒した。パチンでもゴンでもない、ゴバキィッという不快な効果音が周囲に広がる。
 チキンとジュースを床に落とさなかったのが奇跡だ。
「……今日一番の痛みなんだけど……あっちゃん」
「お前なんつーか、もうちょっと色々空気読め!」
「ミーはちゃんと流架さんのこと見ながら、ついでにチキンとジュースを持ってただけじゃないかぁ」
「それがそもそも……はぁもういいや。で、これでいいんだな流架?」
「はい。有難う御座いました」
 老女と同じように、深々と頭を下げる流架。綺麗な黒髪も着物の正面へ回り、一層彼女が美人であることを物語った。
 どうあれ、流架はもう問題なさそうだと踏んで、敦也は少し安心して言った。
「まぁいいってことだ。もう逸れないようにしろよ?」
「はい、もう大丈夫です。私もそろそろお屋敷へ帰る時間ですし。ねぇ婆や?」
「そうでございますとも。奥様もお嬢様のお帰りをお待ちしておいででしょう」
「じゃあまたゲームの世界で会おうよ」
「俺たちは名前をそのままハンドルネームにしてるし、すぐ見つかるしな」
「そうなんですか……あ!」
 珍しく流架が大きく動いた。手をポンとつき、そして隣にいる老女にコソコソ話をする。
 実際そんな目の前で秘密めいた会話をされると、どうにもできないもので、敦也はただ呆然とするだけだった。
 やがて話はまとまったようで、流架が再度こちらに向き直る。
「敦也様、遥様、次の日曜などお暇ですか?」
「ん?あぁ暇だけど、それがどうした?」
「ミ〜も暇だよ〜ん」
「いえ、今日のお礼に、といっては粗末なものですが……お屋敷にいらっしゃいませんか?」
「それはいい考え――って!?ええ!?流架さんのお屋敷に!?」
 まるで明日地球が崩壊すると聞いたように、遥は思いっきり驚いた。会場がざわざわしているのが功を奏して目立ちはしなかったが、それでも周囲にいた何人かには奇異の目で見られたのは確かだった。
 敦也はというと概ね予想通りの流れなのでさほど驚きはしなかった。が、それが余計に周囲の目を引いた。
 とりあえず今度こそ容赦ない一撃で遥を床に沈めて、敦也は流架と老女に聞きなおす。
「俺達は構わないけど、お屋敷のほうは大丈夫なのかよ。急に次の日曜なんてそっちの都合もあるだろうし」
「いえ、大丈夫ですよ。ねぇ婆や?」
「はい。旦那様は長期出張中ですし、奥様もパリで開かれるパーティーにお出でになるご予定で御座います」
「それって尚の事マズいんじゃないのか?」
 つまりその日、屋敷の責任者は流架――実際はこの婆やさんだろうが――になるということだ。何か起きたら大変である。
「いいえ。屋敷の警護は完璧ですし、それにお父様もお母様も仰っておられました」
「……なんて?」
「お客様は盛大に歓迎しなさいと」
 どうにも悪い意味がぬぐいきれない言葉だった。
「大丈夫です。これでも天衣家の時期当主。皆様の安全は保障いたします」
「いや、まぁ……」
 ここまで押されると、かえって断ると相手の気分を害する恐れがある。それは良くない。
 そもそも面倒事なんてそう起こるものでもないだろうし、友人の家に遊びに行く程度のノリでいいか、と敦也は結論を出した。
「よし、じゃあお言葉に甘えて、お邪魔させてもらうか」
「はい。楽しみに待っております。詳しい場所は――」
 その後、メールアドレスを(遥の分まで)交換して、後日流架の家の住所と“家の門の位置”を彼女から送ってもらう約束をした。それから流架は老女につれられて外へ向かった頃、ようやく遥が目を覚ました。
 さすがの敦也も少し疲れたため、今日はこれで帰ろうと提案した。 
 遥は抽選会まで残ると駄々をこねていたが、結局は満腹感と睡眠欲でその場を去ることになった。


 そして帰りの車の中。遥の運転に身を任せながら、実際は命をディスカウントしている気分で、敦也は外を流れる景色を眺めた。まだ10時前だというのに、夜の街はやたらとネオンを煌かせ、今にも焼け切ってしまうのではないかと思うほどに眩しい。
 それにしても今日は変な人が多かった。敦也はそう思う。
 結局名前を聞けなかった色鮮やかな女性に、完全なお嬢様気質の流架。そして語尾が面倒そうな中国人の王に、暴走特急でさえ跳ね飛ばしてしまうのではないかと思うほど忠実な婆や。
 どれもこれも、思い返してみると最初に遥が魔術師のコスプレなんかしているからこそ出会えたのだろう。二人とも普通の服で来ていたら、きっと一人で歩かなかっただろうし、あの女性にも会わなかった。王と遥が一緒に会話をすることも無かっただろうし、もしかしたら流架は迷ったまま困り果てているかもしれなかった。
 無論、そのときはそのときでまた別の出会いがあったかもしれないが、これほど珍しい出会いはそう無いだろう。
 それを思えば……
「お前はきっと正解だよ」
「え、何?何か言った、あっちゃん?
「なんでもねぇよ。黙って運転に集中してくれ。俺はまだ天国の階段を上るには早すぎる」
「あはは……あっ」
 遥の最後の台詞“あっ”は、イヤな予感を確信に変えるものだと、敦也はとっさに判断した。
「ど、どうした?」
 現実逃避や走馬灯を繰り広げ始めた頭を無理やり正常に回転させながら、敦也は聞き返す。
 冷や汗がにじみ出る、呼吸が若干速くなる。脈も正常じゃないかもしれない。
 そんな状況下でも遥は外見上ほとんど動揺することなく、言った。
「ガソリン切れそう……」
「死ぬ気で探せ」
 そういい残して、敦也は眠りについた。
 目覚める場所は天国か地獄か、はたまた運良く車の中か。
 それはだれにも分からない。
 敦也の、ぶっちゃけた覚悟だった。


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