■似たもの同士  ■

「ここで社長からの挨拶をいただきたいと思います」
 社長さんか。と遥は一人呟いた。
 右手にチキン、左手にはオレンジジュースという状況は、彼なりにパーティーを楽しんだ結果とも言える。
 目線をチキンから壇上に向けると、半ば予想通りに普通に社長さんといった感じの社長さんがマイクを前にしていた。
「え〜皆様のおかげをもちまして……」
 いかにも社長らしい挨拶を繰り広げる社長さんから、遥はまたチキンに目線を戻した。
 堅苦しい話、重い話は基本的に彼の好むものではないからだ。
 彼はチキンを一口かじって、また歩き出した。
 いや、歩き出そうとした。
 右手からの声がなければ、きっとそのまま適当にふらふらと歩いていたのだと思う。
「ん〜社長さん堅苦しいネ」
 若い男の声だった。
 人混みの中なら誰に向けられていてもおかしくないようなその声を、遥は確かに聞き取っていた。
 それは、その声が自分に向けられたものだと思って、彼は振り向いた。
 振り向いて、そして首をかしげた。
「え〜っと」
 声の主はやはり遥に話しかけていたらしく、彼のほうを向いていた。
 右手にはシャンパン、左手には中華風の何かの乗った取り皿を持った男性とすれば、遥は首を傾げたりはしなかっただろう。
 ただ問題なのは、彼が遥と同じように仮装していたことだった。
 緑色の上下セット。腰には中国拳法などで見かける、湾曲した剣がかかっている。
 キョンシーでも退治しに来たかのような格好だった。
「導師?」
「そういう貴方は魔術師アルね」
 嬉々として、男は遥に話しかけ来る。
 まるで物怖じしない声と何を考えているのか分からない、にっこりとした表情。
 笑いながら遥も話に応じる。
「語尾がすっごい中国っぽいね」
「イヤー。これワタシの癖アル」
「へぇ〜!ってことはもしかして本当に中国の人?」
「そうヨ。ワタシ中国生まれの王さんアル」
「わんさん?」
「名前は那樽ヨ」
「なたる?」
「気軽にワンさんって読んでほしいアル」
 うん、わかった。と一応の相槌を打って、遥も自分の素性を明かす。
「遥。ミーの名前は菜月 遥っていうんだ」
「はるか……遥かかなたまで旅立つカ。無限の可能性を込めた、いい名前アル」
「いや、そんなに褒められると照れるけどね」
 これは失礼アル。と王は笑った。まるで子供のような、純粋な笑顔だった。
「それにしても魔術師なんてプリスマティックっぽい仮装アルネ」
「あはは。そういう王さんもゲームから抜け出してきたみたいな仮装だよ」
「ワタシ仮装はこれしかもってないアルよ。でも本物の中国の服ネ」
「いいなぁ〜やっぱり本場の本物ってちがうよね。ミーのもイギリスから取り寄せたんだけどさ。なんていうかさ『っぽさ』が違うよね」
「それは分かるネ。ニセモノで満足はできないアルヨ」
「話が分かるね、王さん!」
「そちらこそアル!」
 いいながら王は左手のシャンパンをウェイターに渡して、そのままその手を遥のほうへと差し出した。
 遥も手に持っていたグラスを右手のチキンと一緒に持ち、差し出された手をつかんでがっしりと握手する。
 ここに奇妙な友情が生まれた。 


 人込みをすり抜けながら敦也は遥を捜索中だった。
 会場は込み合っているだけあって、本当に色々な人間がいた。制服を着た、いかにも高校生風な少女や、スーツをビシッと着こなしたス タイリッシュな男、先ほどの名も知れない女性もそうだし、かと思えば小学生だとしても可笑しくないほどの少年までまぎれている。
 これが全部プリスマティックプレイヤーだというのだから、驚きだ。
「にしてもみんな暇だな」
 ただ自分もその暇人の中に入るので、あまり深くは考えないようにする敦也。
「あ〜もう!これじゃ人一人探すのでも一苦労だ」
「あの、誰かをお探しですか?」
「おう。魔術師の格好をした馬鹿男を探してるん――って!」
 闖入してきた声に思わず驚く。
 これだけ人が多いのだから、どこから話しかけられても不思議ではないが、それでもその声に敦也は驚いた。
 何せ声は、彼の隣から聞こえてきたものだからだ。
 移動しながらでも聞こえたということは、それは声の主が敦也と一緒に歩いていたということになる。
「誰だあんた!?」
 隣にいた女性から一歩はなれて、敦也は尋ねた。
 女性は可愛いというよりも美人の部類に入るだろう。まっすぐな黒髪を腰まで伸ばし、鮮やかな振袖を着ている。
 物腰は穏やかで落ち着いていて、顔には微笑みの色がこれでもかというほどに輝いていた。
「あ、申し遅れました。私は天衣 流架(あめい るか)と申します。流架とお呼びください」
「あ、ご丁寧にどうも。俺は間丸 敦也です。遥はあっちゃんって呼びますが、俺としては敦也か間丸のどちらかで……って!」
 ちがうちがう!と頭を振る敦也。相手のペースに巻き込まれるのは彼の性分ではない。
 あくまで自分のペースを大切に。大切に。
「なんで俺に話しかけたんだよ?」
「あ、すみません。てっきり私と同じで人を探しているものだと」
「まぁ人を探してるのはあってるけど……」
 おろおろしながら目を泳がせる流架にさすがの敦也も戸惑うが、とにかく頭が冷静なうちに彼女から事情を説明してもらう。
 どうやらこの流架という女性は誰かを探しているところで、そこでたまたま同じように人を探している敦也を見つけ、なんとなく似たも のという理由で声をかけたのだという。敦也の歩くスピードが少し速めだったため、追いつくのに時間がかかったとも彼女は言った。
「そうか。で?」
「で?とおっしゃいますと」
「流架は誰を探してるんだよ?」
「あ、私は――ばぁやを」
「ばぁや?ハンドルネームか?」
「いえ。ですから、その、私の世話役の……」
 うつむき加減でもじもじと流架は言った。
「私が次々に歩き回るものですから、この人込みでいつの間にかばぁやとはぐれてしまったようなんです」
「そ、そうか」
 相槌を打って、敦也は彼女から一旦目を離す。
 世話役がいるということは、彼女はかなりの家柄なのだろう。落ち着いた物腰もそのせいだと考える。
「俺が探してるのは……さっき言ったか」
「魔術師の格好をした殿方、ですね」
「正解のはずなんだが、なぜか半分しかあってない気がするのは俺だけか?」
「そうなんですか?」
「さぁ……」
 どうも個性的な女性と知り合ってしまったが、結局敦也は彼女と一緒に遥を探すことになった。
「遥が見つかってもなぁ……この空気が更にワケ分からなくなるだけだとは思うが……」
 先行き不安とは、まさにこの事のようだった。


「――この料理おいしいね!鴨の皮の揚げ物?」
「北京ダックアル。ワタシの大好物ネ」
 遥と王は、相変わらず噛み合っているのかいないのか分からない会話を続けていた。
「ワタシが中国にいた頃は二日に一回は北京ダックだったヨ」
「そうなの!?ミーがホームステイしたときは普通にチャーハンとかだったけど」
「チャーハンはチャーハン、北京ダックは北京ダックアル」
「そっかぁ。じゃ今度行ったら本場の北京ダック食べてみよっと」
「ワタシ今度行く予定あるアルが、一緒に行くカ?」
「本当!?いついつ!」
 話がやっと方向性を持ってきたかと思った、そのときだった。
「お〜い。遥〜!」
「あ、あっちゃん。久しぶり〜」
「久しぶりって……お前の脳みそは何回転してんだよ」
 遥のほうへやってきた敦也は、自然な動きで彼の頭をはたいた。
「どこへ行ったのかと思ったら、早速同類の友達つくりやがって」
 遥の後ろの奇妙な中国風の王をみながら、敦也が呟く。
「あっちゃんこそ、ミーを放ってどこ行ったのかと思ったら、やっぱりナンパしてたんじゃっ――!」
 遥がお返しの言葉をいい終わる前に、敦也から二度目の(今日で換算するともう何発になるか分からない)攻撃を受ける。
「もう、そんなに叩かれたらミーの脳細胞は本当に死滅しちゃうよぉ」
「死滅するほどいないだろ。それよりナンパじゃねぇよ……流架。こっちだこっち!」
 話にあがったからとばかりに、敦也は人込みにまぎれてしまいそうになっている流架を呼んだ。
 とてとてと本人なりに全速力だと思われる速度でこちらへやってくる。
 そして敦也の時と同様の屈託のない微笑を満開に咲かせて、遥のほうへ向いた。
「貴方が遥様ですか?」
「そうです。遥です。君は?」
「彼女は天衣 流架。回りくどい説明を省くと、お嬢様だ」
「端折りすぎじゃない!?それ!?」
「いいんだよ。流架だって頷いてるだろ」
「いいの流架さん!」
「はい。大正解ですよ」
 ほわほわと違う世界にいるような微笑を浮かべながら、彼女は答えた。
「お嬢様かぁ。あっちゃん中々レアな人をナンパしたね」
「脳細胞どころか頭そのものをカチ割られたくなかったら次からは発言に注意したほうがいいぞ」
 握りこぶしを固めながら、敦也は続けた。
「流架も人を探してるんだ。着物を着たお婆さんらしい。一緒にさがそうぜ」
「オッケ〜。じゃ王さんも一緒に行こうよ」
「いや〜ワタシは遠慮させてもらうアル。そろそろ戻らないと怒られちゃうネ」
「あ、さては何か仕事でも抜け出してきたんでしょ」
「玖珠球つきの大当たりアル。それじゃあ、また機会があったら宜しくアル」
「うん。まったね〜」
 ふらふらと遥が手を振りながら、人込みへ紛れていく王を見送る。
 敦也は所在なさそうに流架を見つめたが、彼女からも所在無さそうな笑顔が返ってくるだけだった。
「あ……」
 急に何かを思い出したような声を上げる遥。
 どうかしたのか?と敦也は問うた。
「いや、王さんのハンドルネーム聞くの忘れちゃった」
「なんだそんなことか。大丈夫だろ。あの調子じゃプリスマティックでもあの喋り方だろうし、人に聞けばすぐみつかるさ」
「それもそうだね」
「じゃ行くぞ」
 敦也が先頭を切って歩き出す。
「また逸れちゃうといけないから、流架さんは真ん中だね」
 いいながら遥が流架の後ろにつく。
「宜しくお願いします」
 流架が敦也を追って歩き出すと、遥もそれを追って歩き出す。
 社長の挨拶が終わったパーティー会場は、まだガヤガヤと賑わっていた。

前話へ      次話へ

Prismatic Off Lineへ  indexへ

Copyright (C) 2005 Key of Star - endless story -.

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送