第一章:彼女は流架さん

■流架さん空間■


 屋敷の中というのは、たいてい肖像画が飾ってあったり、無駄に広いホールがあったり、金ぴかだったりするものだという認識が敦也のはあった。
 そして残念ながら、彼にとってそういった類のものは、お金持ちの道楽と同じような位置づけでしかない。肖像画を飾ってまで自己主張をしたいのか、ホールを広くして何の意味があるのか、そもそも金ぴかである必要があるのか等、ぶっちゃけてしまうと理解に苦しむところなのだ。
 しかし、お手伝いさん3人に通された玄関ホールは、敦也のそういった考えを吹き飛ばすには充分だった。
「広いねぇ」
 広いホールは、美術館のように様々な調度品で飾られ。
「金ぴかだぁ」
 気品ある光沢を宿した金色は、全ての光をうけてなお劣らない輝きを見せ。
「あ、ほらあっちゃん、肖像画!」
 そんなホールにあるすべてのものが肖像画の人物に属していると思うと、その人物に畏怖すらも覚えるほどの気品を感じざるを得ない。
「……うるさいぞ遥」
 敦也の今までの認識を超越した空間。それが天衣邸の玄関ホールだった。
「だってミーだってこんなに凄い内装見たの初めてなんだ!ミーの経験の中でこれ以上の内装を挙げろって言われたら、もうお城くらいしか残ってないんだよ!?」
「いや、俺はそういうことを言ってるんじゃなくてだな……」
「いらっしゃいませ、敦也様、遥様」
 またもやいらっしゃいませに阻まれる形で、敦也の思考が停止する。
 歓迎の言葉は、ホール奥の階段から姿を現した人物――忘れようとしても忘れられない人物が発したものだった。
 パーティーで迷子になっていたお嬢様、天衣流架。
「お待ちしておりました」
 深々と頭を下げる彼女。薄紅色の着物に、絹糸のように細くしなやかな黒髪からも、以前会った時よりも何倍も気品があふれていた。
「皆さん、ありがとう御座いました。ここからは私がお客様をご案内いたします」
 流架がお手伝いさん3人に言うと、彼女達も頭を下げて通路へと消えていった。
 その雰囲気からも、改めて流架も主人のうちに入っているのだと実感させられる。
「あ……あの」
「あ、畏まらないで下さい。本当に、パーティーの時のように接してください。私もその方が気を使わずに済みますから」
 しどろもどろになる遥の言葉に、両手を振って応える流架。どうやらさっきの渦高い気品は、お手伝いさんの前だけでの気品らしい。
「じゃあ」
 一旦目を閉じて、敦也はゆっくりと呼吸した。
 そして再度、流架の方へ視線を向けて、言った。
「約束どおり、遊びに来たぜ。流架」
 言葉を受け取った流架は、とても嬉しそうな表情を浮かべた。
 それを見た敦也たちは安心して階段を登り、ルカの元へたどり着く。
 近くで見ると、やはり気品があるとはいえ女の子。しっかりした顔つきの後ろに、早く遊びたいという気持ちが見え隠れしている。
「それではお部屋にご案内しますね」
 穏やかな表情でそう言って、二人を連れて二階の廊下を歩く流架。
 着物を着ているせいなのか、それとも彼女の性分なのかは分からないが、そのペースはゆっくりとしたものだった。
 と、歩きながらキョロキョロしていた遥が、唐突に口を開く。
「流架さんの部屋ってやっぱり広い?」
「え?」
 質問に流架は少し驚いた様子だった。今までこんな質問を受けたことは無いのだろうな……と敦也は一人思う。
「いえ、広いかどうかは分かりませんが……」
 少し困ったように、または戸惑うように首をかしげながら、流架は続けた。
「私は気に入っています」
「そっかぁ。それはいいことだね」
「はい。あ、部屋は大きいかは分かりませんが、中に大きなテディベアがあるんですよ」
「へぇ〜いいなぁ」
「欲しいのか、遥?」
「いや、あはは。昔の話だよ。まだミーがちっちゃい頃にさぁ、おもちゃ屋さんでずっと欲しい欲しいって駄々こねてたらしくて……」
「あ、それ分かります。私も父からプレゼントしてもらった頃から、寝る時はずっと一緒なんですよ」
 取り留めの無い会話。そんなことでさえ、流架は楽しそうに(少し戸惑いながら)続けた。
 話がいよいよ幼児期までさかのぼった頃、ようやく流架の部屋に到着したようだった。
 豪華そうな扉を入り口とした彼女の部屋は、明らかに常人が思いつくような内装でないことを予想させる。扉を開ける際、流架が小さく「よいしょ……」と言ったのを敦也は聞き逃さなかった。
「……」
 そして開かれた扉の向こう。それはありえない空間だった。
 だだっ広いという単語が脳を掠めるほどに広い部屋。軽くアパートの2部屋分くらいはあるだろう。更に床には絨毯、向こう側の壁はガラス張りになっていて、綺麗な庭園が一望できる。柱には何調かは分からないがとにかくレリーフ、奥のベッドには天蓋、テーブルもイスも足の先が丸くなっている中世ヨーロッパのアンティーク風等々、とにかく外観と全く違わない、豪華で広い部屋だ。
 ただし、やはり流架も現代の人間。大正ロマン風な内装の部屋に、液晶テレビやパソコンなどが置いてある。それがなんだかある意味流架の性格を現しているようで、敦也は驚くよりも少し面白く思った。
「広ッ!?」
 ちなみに隣にいる遥は、そんな些細な面白さはそっちのけで、例に漏れずとにかく驚く。こいつは本当に通訳でヨーロッパのパーティーとかにも行っているんだろうか、と敦也が疑問に思うほどに。
「やはりこれは広い方なのでしょうか……?」
「広い!めちゃくちゃ広いよ!ウチのアパートの二倍くらいあるよ!」
 苦笑を浮かべる流架を尻目に、遥は部屋を見渡して、それから調度品をまじまじと観察してゆく。
「あー……流架、気にしないでくれ。あいつはいっつもあんな感じだから」
 困惑気味の流架を助けるような形で、敦也がフォローになっていないフォローを入れる。 
「いい部屋だな。お、あれか?さっきのテディベアって」
「あ、はい。テッド君です」
「名前まであるんだな」
「え、付けたりしないものですか?」
「いや……俺は縫いぐるみはあんまし持ってないからな」
「かわいいですよ」
「あ、あぁ」
 どうやら今度は敦也が困惑する番らしかった。
 苦笑いを浮かべながら彼は思う。彼女は全く変わらない。パーティーのときは少しハメをはずしていたのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。家にいても外にいても、彼女はやはりお嬢様である以前に、一人の流架という少女だった。



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