■ 旅立ちの序曲 ■

 雪解けも終わり、春のささやきが聞え始めた頃、私の15回目の誕生日がやってきた。屋敷中の人間は今晩行われるであろうパーティの準備で大忙し。それをよそ目に今日も日常通り、舞踊の先生のもとへ足を運んだ。
「先生、おはようございます」
「フヅキさん、おはよう」
 いつもどおりの挨拶で練習が始まった。
 
「本日はここまでにしておきましょうか」
「でも、先生? 終わるの、少し早いのじゃないかしら」
 そう問いかけると、先生は舌を鳴らしながら人差し指を振った。
「今日はフヅキさんのお誕生日でしょう? そんな日まで長い時間お稽古していたら、あなたのお父様に怒られてしまうわ」
 先生の言葉に父の様子を想像してしまう。
 確かに、政権奪取に忙しいお父様だものね。
 私が舞踊やっていることにもいい顔はしていないし……。
「それじゃあ、ありがとうございましたっ!」
 少しでも早く家に着くように、荷物片手に急ぎ足で街路を抜けていく。街路に沿うように建っている店々は、陽が落ちてきて、閉店の準備を始める店、開店の準備を始める店と、忙しそうにしていた。
 
「お誕生日おめでとうございます!」
 広間に入ると、一斉にそう声をかけられた。口々に祝辞を述べる人々に会釈を返し、父のもとへ向かう。
「やぁ、フヅキ。15歳、おめでとう」
「ありがとうございます」
「これは私からのプレセントだよ。さぁ、着けてみてくれ」
 そう言うと、まるで生花のような髪飾りを手渡してきた。私はそれを広間に備え付けられている鏡に向かい合い、早速着けてみた。
「とてもよく似合うよ」
「お父様、ありがとうございます。なんだか、まだ生きている花みたい……」
「はは、それは生きた花の時間を止めて作らせたのだ」
 生きた花を……?
 それってあの、失われた古代術を使って、ってこと?
 そんなこと、本当に出来るのかしら……。
「フヅキ、わたくしからはわたくしのお母様、つまりはあなたのお婆様から15の誕生日に頂いたものをあなたにも贈りましょう」
 母はそう言い、自らの耳に着けていた涙型の紅い石をぶら下げたピアスを外し、手渡してきた。私は再び、鏡と向き合い、ピアスを身に着ける。
「あなたには、紅がとってもよく映えるわね。とっても良く似合っているわ」
 耳元の石を鳴らしながら、母にもお礼を言う。
 と、そこへ、父と同じように政権奪取に精を出している家の息子が近寄ってきた。父と母は、当然といった顔でその男を笑顔で迎えていた。私も同じように笑顔で彼を迎える。
 
「君とフヅキが一緒になってくれれば、我らは安泰だな」
 不意に聞えた父と彼との会話。思わず固まってしまった。視線だけで母を盗み見ると、どうやら、母も知っていたらしく、ニコニコと笑顔を浮かべている。
 ……知らされてなかったのは、私だけなのね。
 途端に、心の奥で怒りが沸々と込み上げた。母の昔からの教え――女は男の傍らで笑顔で佇みなさい――のおかげで、それを悟られずには済んだけれど、話はどんどんと発展していくだけだった。この辺りでは、女には何の力はなかった。男にだけ権力が与えられていた。そんな関係に私は飽き飽きしていた。それが浮き彫りに出たのは、パーティが終わったときのことだった。
 
「フヅキ、お前ももう色々と考えなければならない歳だ。そこでだ、もう舞踊なんぞやめなさい。そんなことをしていても、お前の役には立たん。お前の住む社会では、礼儀に気品、したたかさがものを言うのだ」
 父のそんな言葉に私の中の何かが弾けた。
「嫌です」
 物心をつく頃から考えると、初めての表面化にした反抗。父も母も驚愕の表情をしていた。
「どうしてだ!? パーティでも言った通り、お前はゆくゆく私のためにあやつのせがれのもとへと嫁いでゆくのだ。これは変わらない事実だ」
「どうして、どうしてお父様にそこまで決めていただかなければいけないのです!? 私は、私の道くらい、自分で決めたいです。他人のひいたレールの上なんか、歩きたくないっ……!」
 吐き出すようにそこまで一気に言い切り、勢いよく、その部屋から飛び出した。母の制止の声を振り払って、自室へと向かった。
 
 喧嘩した日から幾日かが過ぎたある日。ある用事で父の書斎に立ち寄ったときのこと。父の書斎の奥まで入ってしまった。そこで私は発光している珠を見つけた。何かと思い、触っていると、空中に文字が浮き出てきた。どうやら、その珠から光が出、空中に文字を描き出しているようだった。好奇心が手伝って、その文字を読んでしまったのが運の尽きだった。そこには、最新技術と僅かに伝えられた古代技術の併用によって古代術の復活についてや、それを応用しての兵器の産出などについてが書かれていた。私は手元にあった羊皮紙を取り、最重要部分と研究所の地図だけを書き写し、すべてを元通りに戻し、書斎から慌てて出た。
「お父様、一体何を考えているの……?」
 
 自室に戻り、自分が書き写した羊皮紙を何度も何度も読み返した。読めば読むほど、父への不信感が募っていった。
 もし、このことを知ったことがお父様にバレてしまったら……?
 消されるか、協力を強制させられるかのどちら、というところかしら。
 それならば、この機に自分のやりたいこと、やった方が絶対いいに決まっているわ……!
 舞踊の先生のもとに行くときの袋に、練習着と共に、父がいつの日か自分の身を護るときに役立つようにくれたナイフと羊皮紙を丸めて仕舞った。
 まさか、こんな風に役立つときが来るとは思わなかったけど。
 
 そして、何食わぬ顔で先生のもとへ訪れた。先生も巻き込むわけにはいかないから、簡略した理由を説明し、尚且つ、父に命を狙われている、と付け足した。それを聞いた先生は少しの間考え込み、誰かに手紙を書き、それを窓枠にとまっている鳩の足に結び、飛ばせた。そして、テーブルを動かし、絨毯をめくり上げ、何か言葉を発すると、木の床が消え、地下へと続く階段が現れた。
「フヅキさん、とりあえず今しばらくの間、この中に隠れていなさい。中にランプもあるから灯りには困らないわ。さぁ、早くっ!」
「先生……ありがとうございますっ!」
 先生にお礼を言い、階段を下へと降りていった。先生はそれを確認し、再び、言葉を発すると、今まで明いていた穴が木の板で塞がれた。でも、その穴からは穴の上での情景がしっかりと映し出されていた。階段を降りていくと、広い部屋に出た。その部屋の中央に、先生の言ったとおり、煌々と灯りのともったランプが置かれていた。そのランプを片手に部屋を探検する。部屋の中にはベッドやキッチンがあり、食材さえ揃えば、この部屋で暮らせるようになっていた。
「ここは、一体……?」
 つぶやいたそのとき、階段上から怒鳴り声が聞えてきた。私は音を立てないように階段を上り、穴を見た。どうやら、父の部下たちが私を追ってきたらしかった。先生が帰ったと主張し、父の部下たちがここにいるだろうと一方的にわめいている。父の部下たちは、先生の家へと強引に上がりこみ、家の中をかき回しているようだった。それを制止する声が響いた。それは、父専属護衛団の中の魔術師のものだった。
「ここにお嬢様はおられない。お嬢様の波動が感じられないからな。帰るぞ」
 父の部下たちはその言葉に渋々といった感じで引き上げていった。
 
「先生、大丈夫?」
 地下へと降りてきた先生に駆け寄りながら問いかける。
「えぇ、大丈夫。それよりも、これ……」
 先生が手紙を渡した。
「これは……?」
「魔術師の彼が渡していったの。しかも彼、始終、あなたの隠れていた穴を見つめていたのよ」
 先生の最後の言葉に手汗をかきながら、手紙を広げた。そこには、父が私の家出を知ったこと、父のやっていることを知ってしまったことを知られたこと、捜索の手はもう伸びないが次会えば敵と見なされる、ということが記されていた。
「もう、後戻りはできない、みたいです……」
「そうだろうと思って、知り合いに連絡しておいたわ」
「先生の、知り合い?」
「えぇ、舞術を生み出した人たちのひとりよ」
「ぶ、じゅつ?」
「舞踊をもとにした戦闘術のことよ。あなたなら基本はできているから、すぐに強くなるわ。フヅキさん、旅立ちなさい。あなたのお父様に命を狙われているのなら、尚のこと。本当は今すぐにでも旅立った方がいいのだけれど、今のあなたではひとりで生き抜いていけないだろうから」
 だから旅立ちなさい、と先生は続けた。
 
「あなたがフヅキ? さすがお嬢様やっていただけのことはあるわね。踊り子はまとっている空気が大事なのよ」
 舞術の師匠――プラム師匠は初めて会ったとき、それだけ言うと、荷物をまとめさせられ、プラム師匠の家へと発った。それから3年ほど経ち、舞術のあらかたをマスターできると、プラム師匠の親友だという符術使いでもあり、印術使いでもあるベル師匠が私を迎えに来た。
「ほぉ、この子がフヅキか。いい素質持っているじゃないか。一体誰だい? 原石磨かずに放っておいたバカは」
 ベル師匠の最初の一言はこれだったわね。
 ベル師匠と出会って早3年目になろうとしている。そして、早くもベル師匠との別れの時期も近づいていた。
 
「フヅキ、あのバカを独りで倒してみな」
 ベル師匠は前方に殺意を溢れさせたモンスターを指して言った。
「力量は、まぁ中級といったところかね。そいつを倒せたらご褒美だよっ!」
 片手にナイフを握り締め、モンスターが勢いをつけたのと同時に、切りつける。数箇所切り込むと、傷口から痺れるのか、モンスターの動きが遅くなってきた。それを見計らい、得物をナイフからショールへと換える。
「葉舞(ようぶ)っ!」
 舞術の基本舞踊、葉舞で止めを刺した。上がった息を落ち着かせていると、後ろでベル師匠が手を叩いていた。
「フヅキ、そんなことで息を上げていたらあとあと大変だぞ。ま、独りで倒せたのだから、合格、だな」
「ベル師匠……?」
「フヅキ、合格だ。お前はこれからあたしと離れて独りで旅をするんだ」
「ベル師匠と、離れて……?」
「あぁ。お前が印術使いとして成長できたら、あたしへの連絡方法がわかるだろう。それまでは、別々だ」
「これからは、本当に、独り、なのね……」
「はっ、お前ならすぐに気のいい仲間を見つけられるさ。それに、仲間がいなけりゃ、お前の旅の目的は果たされんだろう?」
 ベル師匠は試すように笑いかける。
 どうしてこの人は私の旅の目的を知っているのかしら……。
「あたしたち印術使いの情報網を舐めてもらっちゃ困るよ」
「ベル師匠、人の情報を勝手に探らないでよ」
「いいじゃないか。もともと印術使いは情報屋みたいなもんだからな。……フヅキ、元気でな」
「師匠こそ……。いつまでも、プラム師匠に甘えてちゃだめよ」
 私たちはその言葉を最後に反対の方向へと歩き出した。私の旅は今日、ここから始まる。
 お父様、あなたの大事な一人娘があなたを倒しに行きます。
 それまで、生きていなくちゃ、面白くないわよ?

Prismaticへ  indexへ

Copyright (C) 2005 Key of Star - endless story -.

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送